164回 資本主義と社会主義 戦争主義と平和主義
さて今回は、今一度解説する資本主義(戦争主義)と社会主義(平和主義)の話である。 一般的な所で見れば、カッコ内は逆に思われるだろうが、正確に定義すれば、こちらが正しい。 なぜ逆に見られがちかと言えば、社会主義と言いつつ野心むき出しで付近に戦争をまき散らした、中国やロシアが代表格に当たるからだが、あれは実質社会主義と言いつつ上層部は資本主義に染まっていたからの状況である。
資本主義は、お金が第1優先で、利益の為なら他者から奪うような事も認める実力型の競争社会である。よって、奪い合いや争い戦いによって勝ち得る事が大事とされ、それが国家で言い表せば、侵略戦争などに代表される行為となる。 相手の国家が弱ければ、すべて奪ってしまえば良いという論理である。
逆に社会主義本来の意味合いとしては、社会全体の安定が大事であり、国が主体となって平等分配や皆で負担する方向で安定と平和を大事にする事なのだが、その国の上層部が利益と欲に塗れて、資本主義に近しい考えだと、市民方面は社会主義だが、国単体は資本主義と、相反する形で存在する事になり、平等も歪められた形で、自分たちの豊かさを上げる為には、他から奪って行こうと考える形に染まっていくから、中国やロシアが代表格になる。
それに社会主義は、皆で平等分配・平等負担での助け合いが中心だから、怠ける輩も当然一定数出てきて、社会の経済利益性としても緩やかな形になり易い為に、主に商人や金持ちからは嫌われやすい主義である。 故に、金と欲に支配された奴らからは、異常に敵視される主義である。アメリカトランプなどが代表。
しかし、だからと言って資本主義が良いのかと言えば、そんな事は微塵もなく、先ほどからも言っている通り、金持ちの論理で動く主義であり、金持ちがより利益を上げる為に適した形が資本主義で、金持ち以外はどうでも良いという主義でもある。あとは、天性の才能がある未来のお金持ちくらいですかね? それ以外は、搾取されるだけの貧困者扱い。昔で言う所の腐った王侯貴族制度そのまま
本来民主主義を仮にでも謳うならば、社会主義の方が正しいのだが、それだと、先ほどからも言っている通りに、社会経済利益面での収益から国の発展に繋げる流れがかなり遅く、資本主義国家に大きく後れを取り、野心がある国からの侵略を受けるリスクも高まる為に、資本主義の形を取っている国が大半である。
建前は、そんな所だろうが、実際は、民主主義と言いながらも、議会制民主主義で、政治家が政治家になって行動するにもお金が必要という所で、資本主義利益が欲しい商人や金持ちたちによって、資本主義方向に誘導されているだけである。 結局民主主義と言いながらも、一般国民が今よりももっと密接に政治に関われない状況が続く限り、金持ちたちの論理によって、搾取の形が常態化させられるというだけである。
これらに該当せず、付近に野心的な国や他国を襲おうとまで考える国が居ない所では、王政などの権威主義で社会主義でも問題ない所が大半である。 つまり、周辺に人同士の争いの火種が無い所では、煙は立たず、権威主義でも温厚で利益よりも国民の幸せを願える人が居れば、正常に機能し、社会主義として、正常に機能するのである。
要は、利益至上主義の輩と、欲望持って世界の覇権を手にしようと野心むき出しの奴らが悪いだけで、それと、資本主義と社会主義の違いを混ぜては、いけないという事である。 それぞれ一長一短はあるわけだが、資本主義は一般庶民が置き捨てが基本であり、社会主義は商人などが置き捨てられる事が基本で、どちらが良いのか?というのが従来の基本的な分け方である。
そして資本主義は、利益の為ならなんだってやる輩も出てきやすく、犯罪も起きやすいし、国家で言えば、侵略戦争も普通に行われやすい。利益さえあれば、気軽に戦争が行われるのだから。 社会主義は、何度も言うように、怠ける人が出てくる、経済含めた発展速度が遅くなるという弊害がある。その代わりに平和な方向になり易い。
だからこそ私が新たに導き出す答えは、国民型社会主義で、第1条件を国民優先の社会主義の形とし、議会制なども国民参加をより深める方向に切り替えて、政治家の権力などを弱める。 そして、少数意見なども認めやすくさせる為に、国をさらに細かく分割した形での実験都市や特別自治都市の形で、少数意見の効果実証を中心に行なっていきながら、良い悪いを見極めていける形にする。
土台部分は、社会主義の平等分配で、基本的な生活に対しては、国民が負担を強いられる事なく生活できる形を基本としながら、それらに対する形にお金の介在を一切無くし、お金とは完全分離したポイント制度で、基本生活を満足に過ごせるようにする。 つまり、どこまでのんびりしていても良いけど、それだけの形では絶対にお金が手に入らない形ですね?
ではお金はどうやって?と言われたら、普通に「働いて稼げ」というだけであり、生きる事における基本部分は国が全部面倒みるけど、好きな事をしたり、欲しい物を買う場合のお金は、普通に「働いて稼げ?」というだけで、そこから資本主義の道に進ませる形である。
しかし、この方法では、圧倒的に労働力不足に陥るのは言うまでもないことだが、それは大半ロボットやAIに任せる形を基本として、人は、自分がしたい仕事や、やりたい事でお金を稼げばよいという形に変えれば、共存は普通に成り立つし、新たな仕事の起業などもしやすく、サポートはAIに任せればよいだけである。
そして、人だけが出来る仕事としては、子供を作る事であるので、それを仕事の形として作り出せば、働く場所が無いという事も無く、資格も特別な技術が無くても、子作りは勉強すればできるでしょ?という話で、仕事として成立させられる。 その他、育児方面や里親系などでも仕事の形は無限に増やしていける。
さらに、今の時代であれば、ネット空間やVR空間などの現実ではありえない場所で生きる事も出来るようになっており、生きる事における基本的生活面が全て社会主義で賄われているならばこそ、現実を捨てて、仮想世界で生きていく形も取りやすくなり、仮想世界で仕事をしていく形も作り出せる。
結局、誰かを楽しませたり、誰かの為になる形の物は、どの世界にだって仕事として成立させる事ができるわけで、それに対して代価やお金を支払う形があれば、商売ビジネスとして成立し、拡大すれば、産業に成長する事もあるのである。 それが現実にしかないと思っているのは、4流以下である。
社会主義を土台に持ってくるだけで、人の商売の可能性は無限に増やす事ができるようになり、夢で語られる誰もが大金持ちになる事ができる形は、国民型社会主義の形でこそ、無し得る事が可能なのである。 もちろん、日々をのんびり謳歌するだけで満足な人はそれでも良い。 それでも、何かしらきっかけや刺激があれば…
それでは、ここまで見て頂きまして誠にありがとうございます ~終了~
